伝説のボディビルダー”マッスル北村”死因は餓死!

伝説のボディビルダー”マッスル北村” 筋肉に生きた漢は筋肉の為にこの世を去りました。 その死因はなんと餓死。 最終更新日:2016年06月02日

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マッスル北村

本名: 北村克己
職業:ボディビルダー、タレント
死没: 2000年8月3日
生年月日: 1960年10月6日
死没: 2000年8月3日(満39歳)
身長: 173 cm
最終学歴:東京医科歯科大学医学部中退

アジア人としては規格外のバルク(bulk, 筋肉の質感・量感)と怪力を誇った、知る人ぞ知る伝説のボディビルダー。

ボディビルダー前は?

 小学校から高校まで東京学芸大の附属校で過ごす。校内ではダントツの体力の持ち主で、水泳、マラソン大会では独壇場。中学の健康診断の肺活量測定では、唯一一人だけメーターを振りきってしまい、測定不能だったという。成績もトップクラスで親にも従順。理想的な優等生であった

出典:マッスル北村とは (マッスルキタムラとは)

中二の夏。連続16時間という無謀なサイクリングに挑戦したが、携帯していた牛乳が腐っていたことに気付かず一気飲みしてしまい、最終的に意識を失い病院に担ぎ込まれてしまった。以来、彼の一番テーマは「限界への挑戦」へと変わり、それが元でたびたび親と衝突を繰り返すようになる。

 それ以来、まるで自分を殺すくらいの勢いで長距離サイクリングやマラソン、拳立てふせを繰り返し、日々両親を心配させる。一般的な反抗期とはまるで違う。

出典:マッスル北村とは (マッスルキタムラとは)

ボディビルとの出会い

出典:ameblo.jp

ボディビルとの出会いのきっかけは大学のサークルだった。

現役で防衛医科大学校と早稲田大学理工学部に合格したが、入学せずに浪人の道を選び、二浪して東京大学に入学する。
入学後は、東京大学運動会ボディビル&ウェイトリフティング部の先輩と出会い、関東学生選手権に出場したが、敗退。それからのボディビルに対する熱中ぶりは常軌を逸しており、本人も「筋肉を大きくするためなら何でもやった」と自負している。

出典:マッスル北村について僕が好きな5つのこと

数年後の関東学生選手権で優勝したが、ボディビルへの情熱のために、大学の授業には全く出席せず、東京大学を中退。その後、「人の役に立ちたい」とまた一念発起し、猛勉強の末に東京医科歯科大医学部に一発合格

出典:マッスル北村について僕が好きな5つのこと

入学して医師になるべく勉強をはじめるも、やがて「やはり僕はボディビルを極めたい。ボディビルで人の心をワクワクさせて、癒したい」という目標に到達し、ボディビル一本に集中して取り組むために中退した。

出典:マッスル北村について僕が好きな5つのこと

功績

ボディビルダー界のレジェンド。
ボディビルダーの選手は「伝説のボディビルダーは」聞かれると
皆口を揃えて”マッスル北村だ”と断言する。

1985年:IFBB ミスターアジア90kg以下級(ライトヘビー級)優勝

1990年:WABBA 世界選手権4位

1999年:WABBA 太平洋世界選手権 総合優勝

1999年:NPC トーナメント・オブ・チャンピオンズ(ヘビー級)3位


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まとめ作者

yoshio

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