【まとめ】11/1放送 爆報!THE フライデー 小渕恵三 ってどんな人?

小渕恵三元総理の略歴をまとめました。 最終更新日:2013年11月01日

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沖縄サミット警備体制

... の沖縄(2009年6月掲載

出典:mainichi.jp
... の沖縄(2009年6月掲載

略歴

小渕 恵三(おぶち けいぞう、1937年(昭和12年)6月25日 - 2000年(平成12年)5月14日)は、日本の政治家。位階は正二位。勲等は大勲位。学位は政治学修士(早稲田大学)。

衆議院議員(12期)、総理府総務長官(第29代)、沖縄開発庁長官(第10代)、内閣官房長官(第49代)、外務大臣(第125代)、内閣総理大臣(第84代)、自由民主党幹事長、自由民主党副総裁、自由民主党総裁(第18代)などを歴任した。

小渕総理写真

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小渕総理写真

「平成おじさん」から首相へ

官房長官時代に昭和天皇が崩御。元号変更にあたり、記者会見で「新しい元号は「平成」であります」と平成を公表した。新元号の発表は、国民的な注目を集めていたこともあり、小渕は「平成おじさん」として広く知られるようになった。小渕が「平成」と書かれた額を掲げるシーンは、いまだに時代を象徴する映像として多く利用されている。

小渕恵三 平成

1998年(平成10年)7月30日、第18回参議院議員通常選挙での敗北の責任をとって辞任した橋本の後継首相になる。しかし、橋本と同派閥の小渕の登板に当初は各方面から批判を浴び、低支持率からのスタートとなった

首相としての評価

周辺事態法、通信傍受法、国旗・国歌法など、長年の懸案を一気に片付け、金融不安に終止符を打ち、任期後半は経済も堅調に推移していた。外交では日米関係を順調に発展させる一方、韓国の金大中大統領との間で歴史問題の「区切り」と未来志向の日韓関係で合意、東南アジア関係も深化した。

他方で中華人民共和国の江沢民の謝罪要求や北朝鮮の不審船問題に対して節度を保ちながらも一定の強い対応を示した。こうして、硬軟織り交ぜながらも外交でも多くの成果をあげた。

また沖縄問題に強い思いを寄せた最後のリーダーとも言われ、沖縄への手厚い振興策や沖縄サミット開催の決断も業績に数えられる。

以上のような小渕の政権運営は、近年、再評価もされている一方で、労働者派遣法の改正によって派遣業種が拡大し、男性を中心に雇用が減少したうえ女性のパートタイマーの数が増加したことや創価学会を支持母体にもつ公明党と初めて連立を組んだことには批判も存在する。このほか国旗・国歌法とバーターで成立したという説もある男女共同参画社会基本法など、その後の日本社会に与えた影響は大きいとも言われている。


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沖縄サミット2009

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