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1885年、柴三郎はドイツのベルリン大学に留学しました。
結核菌やコレラ菌を発見した細菌学者・コッホの元で、熱心に研究をしました。

そして1889年、世界初の「破傷風菌純粋培養法」を発見。
翌1890年には「破傷風菌の抗毒体」を発見したのです。
これはとても凄いことで、この発見で、世界中から注目を浴びることになりました。

さらに、菌を少量ずつ動物に注射し、血清中に抗体を作る血清療法(ワクチン)を開発します。
破傷風菌は、土の中にいる細菌で、感染すると全身の硬直や呼吸困難に陥り、最悪の場合には死に至る恐ろしい感染症です。

出典:歴史上の人物.com

1914年、研究所を辞めた柴三郎は自身で「私立北里研究所(現・社団法人北里研究所)」を作り研究に没頭しました。
そして、福澤諭吉への恩返しするために、福澤の作った慶応義塾大学に医学部を開設し、無給で指導し慶応義塾大学の発展に力を注ぎました。

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渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎

新札が発行されるそうです。新札の肖像画は、渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎。歴史の教科書にも出てくるいずれおとらぬ有名人ではあるのですが、いまいちピンときません。そこで、彼らが何をした人達なのか、簡単にまとめてみました。