福原愛「傷をえぐるみたいで……」キム対策を石川に聞かなかった理由。
必死に涙をこらえていた。涙がこぼれそうになるのを、抑えようと努めていた。 オリンピック4度目の出場で初めてベスト4に進出した福原愛は、8月10日の午前10時から行われた準決勝で、ロンドン五輪金メダリストの李暁霞(中国)に0-4で敗北した。 最終更新日:2016年08月12日
午後8時30分からの3位決定戦では、石川佳純が初戦で敗れたキム・ソンイ(朝鮮民主主義人民共和国)と、銅メダルをかけて戦うことになった。
試合を前に、懸念はあった。
キムは、福原が苦手としてきたカットマン(ボールにバックスピンをかけて打ち返して相手のミスを狙い、チャンスと見ればスマッシュなどを狙う)であること。しかも、過去一度も対戦経験のない選手であること。他競技でもよくあるが、北朝鮮の選手は国際大会にあまり出場していないため、分析の材料が多くない。
得意な戦型の選手が相手であれば、対戦経験がなくても試合中に素早く対応できるが、苦手なタイプに対しては、通常以上に遅くなりがちだ。
試合が始まる。
第1ゲームから、キムはカットマンらしくバックスピンのかかったボールで福原の強打を返し続ける。福原も粘り強く打ち合おうとしたが、チャンスボールを与えて強打を許したり、ネットにかけたり、スマッシュを狙いに行ってミスが出たり、と中盤からリードを許す展開となる。
第1ゲームを7-11で落とし、第2ゲームも7-11。流れを食い止めたかった第3ゲームも中盤にミスが相次ぎ、5-11。
第4ゲームは14-12でなんとか奪ったが、第5ゲームは力尽きて5-11。競り合う展開に持ち込むことができずに敗れ去った。
今大会、初戦から準々決勝まですべて4-0で勝利してきたことが象徴するように、福原の調子は上々だった。「これまでにない」と語るほど積んできた大会前練習の成果は出ていたのだ。それだけに、悔しさは大きいものになる。
「みんな強くて、1戦1戦勝つのが難しいのがオリンピックです。ベスト4に入って、決定戦で勝つことができなくてものすごく悔しいです」
初対戦ではあったが、福原は相手への対策をもって臨んだと言う。
「ずっとビデオを観て研究はしました。ワールドツアーとかにあまり出てきていない選手なので、映像のある試合はすべて観ました」
だが……。
「(4回戦で戦った)リ・ ミョンスンと同じカットマンでも、タイプが全然違いました。ミョンスンよりパワーがあると聞いていたんですけど、対戦してみて本当にパワーがあるなと思いました」
「序盤は焦りすぎかもしれないと思ったんですけど、カットマンとやる上では、ミスを繰り返しながら回転だったりが分かっていくので、それがもっと早く読めるようになっていれば」
カットマンは、1球ごとにボールにかける回転数を変えてくる。選手によっても特徴が異なる。
その見極めに時間がかかったことが、常に福原が後手に回るゲーム展開につながった。攻めに出ない方がいいボールを強打してミスしたり、ネットにかけるシーンが目立ったのもこのためだ。
キムとは今大会で石川佳純が対戦しているし、伊藤美誠も対戦経験がある。福原は「ビデオで研究した」と語ったが、2人に特徴を聞けばより有意義な情報となったはずだ。
その質問に、福原はこう答えた。
「美誠に聞きました」
でも石川には聞かなかった、と続け、理由も語った。
「傷をえぐるみたいで……」
石川は足のアクシデントもあり、キムに敗れた。満を持して挑んだ五輪で、上位進出を誓いながら初戦で敗れた石川のショックを慮ったのだ。
自分の勝利だけを考えれば、福原の配慮は必要のないものだった。今大会のキムの生きた情報を石川から聞き取ることで、試合の展開は変わったかもしれない。
しかし一方で、同じ日本代表として戦うチームメイトへの思いやりは、団体戦では強みともなりえる。
「佳純ちゃんも、ものすごく悔しい思いをしていると思いますし、美誠も応援してくれていて、悔しい思いをしていると思います。力をあわせて、帰りたいです」
「力をあわせて」と「帰りたい」の間には、おそらくは「メダルを取って」の言葉がある。
福原は、自身の悔しさと、チームメイトへの思いをかけて団体戦に挑む。