アカナメ、海坊主、家鳴り--。発展の一方で減っていく夜の闇や自然を惜しみ、見えない世界を畏れ敬う感性の鈍化と合理性ばかり追う現代に警鐘を鳴らし続けた。水木作品からは、自然の奥深さや幸福の意味するものが浮かび上がってくる。

 妖怪への関心を育んだのは、幼い頃家に手伝いに来ていたおばあさん「のんのんばあ」に聞かされた話。いろいろな出来事が「妖怪の仕業だよ」と語られる話を聞いて、山や森、川にただよう不思議な雰囲気に強い興味を抱いた。成長と共に忘れた妖怪をよみがえらせたのは戦争体験だ。

 戦時中は陸軍2等兵としてニューギニアのラバウルに。現地の人々とつき合い、禁止されても村に通い続けて自然と一体化した彼らの習俗に魅了されていった。爆撃で左腕を失い、死と隣り合わせにひそんだジャングルで幼い頃の記憶が次々浮かぶ。後に「妖怪が見えた」と述懐した。

 妖怪研究と冒険を兼ねてエネルギッシュに世界各地を回って資料収集。「日本妖怪大全」を刊行するなど妖怪文化研究に取り組む。各地の妖怪、精霊は共通性があり、地域により姿形は変わっても1000ほどの妖怪がいるという「妖怪千体説」を提唱。

出典:毎日新聞
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<水木しげるさん死去>妖怪通じ現代に警鐘

自らのことを「水木サン」と呼ぶ。「人三化七(にんさんばけしち)(人間でいる時間が3割という水木さん独特の言い回し)」と言って笑わせた。たっぷり寝ていっぱい食べ、束縛を嫌い自由気ままが身上。売れっ子になって徹夜とインスタントラーメンの食事ばかりに嫌気がさし、仕事を減らすなど独特の哲学を持っていた。